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2013年11月12日

そうだ…ソマリアに行こう!

日に日に寒くなってきますね~。体調崩してませんか??
そもそもベトナム戦争の装備は熱帯の戦争だっただけに、日本の冬のサバイバルゲームには不向きな感じでございまして…。

って事で今回、ヘタレな私がチョイスした年代は1993年!(約30年の跳躍…)映画「Blackhawk Down」でおなじみ『ゴシック・サーペント作戦』デルタ隊員にでもなってみようかと思います。(いまさら感は否めないですが…。)
ブラックホーク・スーパー64の乗務員たち。
右からマイク・デュラント(機長)・レイ・フランク(副操縦士)・ビル・クリーヴランド(機付長)・トミー・フィールド(機付長)
一番左の方はゴメンナサイわかりません…。





映画で十二分に浸透していると思いますが、ここで作戦の概要・時代背景をおさらいしましょう。


1992年12月9日、米海兵隊の兵士1800人が東アフリカに位置するソマリアの首都・モガディシオに上陸した。彼らの任務はフランス、イタリアなどと多国籍軍を形成して、民族間の内戦が原因で経済状況が極端に悪化しているソマリアの治安を回復させる事だった。

アメリカ・イギリス・イタリアの三国を中心とする多国籍軍「国連統一任務部隊(UNITAF)」の平和維持活動は最初のうちは順調に進むかに見えた。
ところが、翌93年1月8日に多国籍軍が内戦の当事者であるソマリア人格派の武装解除に着手すると、それまで協力的だった「モハメッド・ファラー・アイディード将軍」をリーダーとする統一ソマリ会議とその同盟各派(通称「アイディード将軍派」)は「国連が撤退すれば、いずれ内戦が再発する事は確実であり国連への武器の提出には協力できない」として、国連多国籍軍の武器押収作戦「レストア・ホープ(希望の回復)作戦」への協力を拒絶した。

それ以降、ソマリア各地では国連多国籍軍とアイディード将軍派の小競り合いが頻発するようになり、同国は事実上内戦状態へと逆戻りしていった。
1993年9月25日にはモガディシオ市内で米軍の多目的ヘリ「MH60Kブラックホーク」1機がアイディード将軍派に撃墜され、死亡した米兵3名の遺体が路上で燃やされる事件も発生した。

状況が一向に好転しない事に業を煮やした米軍の現地司令部は翌10月始めにモガディシオ市内でアイディード将軍派の最高幹部が会合を開くとの情報を入手するとすぐに特殊部隊による捕縛作戦を立案した。
有力な幹部連中を一掃すれば将軍派は組織力を失い勢力も弱体化するだろうと考えたのである。

陸軍の「デルタフォース」と「レンジャー部隊」1個中隊などから選抜された兵員160人と車両12両、航空機19機からなる「タスクフォース」が編成され、「ウイリアム・ギャリソン陸軍少将」が現地指揮官に任命された。

1993年10月3日の午後3時30分頃、ブラックホークやリトルバードに分乗した米軍の特殊部隊は高度70フィート(約21m)から垂直降下してアイディード将軍派幹部の会合地点に奇襲攻撃をかけ、アイディードの最高政治顧問「モハメッド・ハッサン・アウレ」や「オマール・サラッド外務大臣」を含む計21人を計画通りに捕まえることに成功した。
しかし、午後4時20分と4時40分に各1機のブラックホークが民兵の放ったRPG7(携帯型対戦車ミサイル)によって撃墜されると、当初の予定では30分で終わるはずの電撃的な奇襲作戦計画は根本から崩れることとなった。

墜落したヘリの乗員を救出するためアイディード将軍派の民兵との市街戦が始まり、地上に降りた米軍特殊部隊員は路地で釘付けになってしまう。
最終的に、デルタフォースとレンジャー部隊は合計18人の戦死者(負傷者73人)を出した後、第10山岳師団・レンジャー・デルタ・パキスタン軍・マレーシア軍で編成された大車両部隊の助けを借りて陸路で国連支配地域へと脱出した。
この出来事は後にクリントン大統領に大きな政治的決断を迫る引き金となった。

アイディード将軍派の民兵は墜落したヘリの残骸から米兵の死体を回収すると、彼らの体にロープを結びつけモガディシオの通りを引きずり回した。
その衝撃的な光景がアメリカのニュース番組で放送されると、米国内ではソマリア内戦への米軍の介入を即時中止すべきだとの世論が急激に高まり、議会からの追求を受けたクリントン大統領は間もなくソマリアからの撤退を発表、1994年3月25日に最後の米兵がソマリアを後にした。

2機目のブラックホーク撃墜現場へ何の支援も無い状況で、たった2名で降り立ち壮絶な最後を遂げた「ゲイリー・ゴードン曹長」と「ランディ・シュガート曹長」には米軍最高位の名誉勲章(メダル・オブ・オナー)が死後、授与された。
その授与式でクリントン大統領はシュガートの父親に握手を拒否され『総司令官の器でない』と罵倒された。大統領はうろたえ、『自分の責任ではない』と言い訳を繰り返しレンジャー隊員の遺族に対しても同様の態度を取ったのである。

ソマリアにおける米軍特殊部隊の敗北は、敵であるソマリア人民兵組織の抵抗力に対する過小評価が原因だった。綿密に計画された精鋭特殊部隊による襲撃作戦も敵軍の能力評価に少しでも誤りがあれば、簡単に崩れてしまうことが改めて証明されたのである。
この作戦における死傷者はベトナム戦争以来、最大最悪の結果だった。



作戦参加ユニット (オペレーション ''ゴシック・サーペント'')
第1特殊部隊作戦D分遣隊・デルタフォース
第75レンジャー大隊
第160特殊作戦航空連隊・ナイトストーカーズ
空軍特殊戦術部隊CCT(戦闘航空統制員)、PJ(空挺降下救難員)
海軍特殊戦部隊SEALチーム6

航空部隊の編成
AH-6 リトルバード(攻撃ヘリ)×4機
AH-6 リトルバード(輸送ヘリ)×4機
MH-60 ブラックホーク×8機 (C2[指揮統制]×1機、デルタ輸送×2機、レンジャー輸送×4機、CSAR[戦闘捜索救難]×1機)
OH-58 カイオワ(観測ヘリ)×3機
P-3 オライオン哨戒機×1機

ま、ざっとこんなモンですかね。


で、装備どうするかな??(ぶっちゃけ、プロテック・PTアーマー・チェスト・黒ブーツさえあればソレっぽく見えるのだが…。)

服はもちろん「3Cデザート」でしょ!?(この当時はリップ・ストップの3Cは無かったハズ…)



ノンリップの3Cは、ほんの~りピンクがかって見えますが、「コーヒーステイン」って呼ばれてます。右肩には星条旗パッチを着けるため、ベルクロが縫い付けられています。

本来なら「SOGジャケット」みたいにポケットを肩に移植させたほうがいいんでしょうが、今回は普通な感じで。
(基本、ポケット移植はボディーアーマー着用時にポケットが使えなくなる事を回避するために行われていたのである!
現行の戦闘服のポケットが最初から肩に着いているのは、ボディーアーマー着用が前提だからである!)


写真左がジャケットで右がパンツです。
共に91年製。よ~く見ると製造メーカーが違いますね。




さ~て、装備、装備~っと。

この年代は「EAGLE」・「BHI」・「LBT」などのメーカーが一番元気だったような気がする…。
今回は物置の隅っこで、すんごく寂しそうにしていたLC-2をメインに組んでみます。


超久しぶりなYサスペンダー、ストロボポーチ、コンパスポーチ、LC-2マガジンポーチ×2、1QTキャンティーン×2、
メディカルキット、ブットパック。



組み上げると、こんな感じに。



プロテックヘルメット、PTボディーアーマー、チェスト・リグ、レッグホルスター、ハンドガン・マガジンポーチ




ホルスターは「BHI」のオメガ・シリーズ。中身はもちろんガバメント! 「I♥1911」

お次は…


Oops!パットが死んでるぅ~!お皿がぁぁ~! …もういい、パットは無し!
(映画は標準装備だったケド、実際は着けてなかった人いたモンね~…。オマケにウッドランドのパット着けてなかったっけ?)



銃はXM・改!ふっふっふ…パッと見M723!



わかるまい!? 見破れまい!!?(汗)

ちょっと疑問なんですが、最初に銃にライトを着けた人って誰なんでしょう?ライトメーカーの入れ知恵なのか、現場の兵士の知恵なのか、はたまた警察など法執行機関関係から軍に流れてきたのか?
…にしても現在進行形で受け継がれてるからスゴイなぁ。


ヤバイ!問題発生!!ヘッドセットが無い!映画だと「OTTO」のヘッドセット使ってたけど…。
どこだ?…売っぱらったのか?記憶が…。(結構高かったぞ)まあいいや。
そ~言えばデルタって結構前からスロートマイク使ってたよね?パナマ侵攻のデルタ隊員?も首輪巻いてたし。って、そもそも実際にはプロテックも耳当てついてるタイプ使ってなかったっけ?(超~言い訳…。)
よ~し、無線無~し!!



これで「基本的なデルタ隊員」の出来上がり!(って、ほとんど劇場版ゴードンじゃないか!?)

近代戦闘は市街地戦がメインです。戦場で弾を詰める時間が無い分、携行するマガジンの量が多いんですね。
この装備でM-16マガジンが14本、M1911マガジンが7本携行できます。
ハンドガンのマガジン携行数をみても取り回しの効くハンドガン(セカンダリー)の必要性等が見直された結果なんでしょう。



ベトナム戦争終戦からソマリア内戦介入まで約18年、装備もシステマチックに改良されています。
いつものベトナム装備もいいですが、たまにはタクティカルな装備もいいモノです。
(そのうちMEU(SOC)のFORCE RECONにも挑戦しちゃおうかしら…。)





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